
そんな勝村政信さんのこれまでの歩みを、時系列でざっくりまとめてみました。
舞台からテレビ、映画、バラエティまで幅広く活躍してきたその姿を追ってみましょう。


勝村政信さんの主な活動の流れ
さぁそれでは、勝村政信さんの若い頃からの活動を時系列で追ってみましょう。
| 年代 | 活動内容・代表作 |
|---|---|
| 1963年 | 埼玉県蕨市に生まれる(7月21日) |
| 1980年代前半 | 高校卒業後、会社員として2年間勤務。その後、ファッションモデルを志すも断念し、演劇の道へ。 |
| 1987年 | 蜷川幸雄氏のもとで修行後、鴻上尚史氏に招かれ劇団「第三舞台」に参加。『朝日のような夕日をつれて’87』などに出演。 |
| 1992年 | 第三舞台を退団。 |
| 1993年 | 『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』にレギュラー出演し、知名度が一気に上昇。 |
| 1994年 | NHK連続テレビ小説『春よ、来い』で長坂伸三役を演じ、朝ドラに登場。 |
| 1997年 | 大河ドラマ『毛利元就』で渡辺通役。 |
| 2001年 | 映画『マネーざんすっ!』の一編で初監督に挑戦。 |
| 2005年 | 大河ドラマ『義経』で平重盛役。 |
| 2008年〜 | 『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』シリーズに出演。 |
| 2011年〜 | サッカー番組『FOOT×BRAIN』(テレビ東京)で司会を担当。 |
| 2016年 | Jリーグアウォーズの司会も務める。 |
| 近年 | 『ドクターX』『ドクターY』『リーガルV』など人気ドラマに多数出演。映画『首』(北野武監督)にも出演。 |
舞台で鍛えた演技力と、バラエティで見せる親しみやすさの両方を持ち合わせた、まさに“器用な役者さん”って感じですね。

20代の頃の勝村政信さんは、まさに演劇の世界に飛び込んで、俳優としての土台を築いていた時期なんだよ。
勝村政信20代(1983年〜1992年頃)の主な活動とエピソード
俳優として数々の作品で存在感を放つ勝村政信さん。
実は高校卒業後すぐに俳優を目指したわけではなく、意外なキャリアの寄り道があったんです。
- 20歳前後(1983年頃)
まず最初に選んだのは、スポーツ用品の問屋さんへの就職。
ところが、働き始めて2年ほどで「自分の道はここじゃない」と感じて退職します。
そこから一気に方向転換して、なんとファッションモデルを目指すことに。
ところが、身長の壁にぶつかってしまい、この夢はいったん断念することに。
でも、ここで終わらないのが勝村さんのすごいところ。
次に挑戦したのが俳優の道だった。
名前だけ知っていたという俳優座、無名塾、文学座に応募してみたそうです。結果は、俳優座だけ合格。
ところがその俳優座も、団員さんの雰囲気がちょっと怖かったらしく、「ここは違うかも…」と感じて辞退したのだとか。
その後無名塾にも応募しました。
募集をしていた無名塾を次に受けてみた。3000人ほどの応募者の中から2人か3人しか採らないという中、2次くらいまで行ったところで、創設者の宮崎(仲代)恭子さんに「あなたたちは力を持ってるから、どこに行っても通用します」と言われた。「入れていただけるんだと思ったら見事に落ちまして。うそつきって、思ってしまいました」と話す。
出典元:mantanweb
文学座も受けたそうですが、残念ながら入れてもらえなかったそうです。
その後厳しいことで有名な、蜷川スタジオに入ったんだんだけど、勝村さん大丈夫だったのかな?
この蜷川スタジオについて勝村政信さんは次のように語っています。
蜷川さんの劇団が募集していると友人に教えてもらい、受けに行った。
当時蜷川さんは家族で「ケロッグ」の宣伝をしていたので、世界的な演出家だとは知らず、「ケロッグのおじさん」だと思っていたが、「受けたらなぜか通ってしまいまして。今に至ってます」と語る。
出典元:mantanweb

蜷川幸雄主催の蜷川スタジオに
いくつかの劇団オーディションを受け続けていた勝村政信さん。
その中で合格をつかんだのが、あの蜷川幸雄さんの蜷川スタジオでした。
ただ、そこから先は想像以上の世界が待っていたようです。
蜷川さんといえば、当時から“鬼の演出家”として有名。
蜷川さんは当時厳しく常にイライラしていた。灰皿には4、5本のタバコがあり、火を消さずに次をつけ、すごい勢いでタバコを吸っていた。
大量の胃薬を飲みながら、ずっとしかめっ面で、怒鳴っていた。年を取ってからはだいぶ優しくなった。物を投げるタイミングも考えていたり、メディアが来た時は多めに投げたりしていた。「自己プロデュースとか全体の演出家としても素晴らしかったんですけど、当時からプロデューサーとしてもすごかったですね」と振り返える。
出典元:mantanweb
灰皿が飛ぶ、怒号が響く――そんな噂は聞いていたものの、実際に稽古場に入ると、その厳しさは桁違いだったんだね。
「すぐ投げるから、目の前に物を置くな」と言われるほどだったそうです。
しかも蜷川さん自身、胃薬を大量に飲みながら演技指導をしていたというから、どれだけ本気で向き合っていたかが伝わってきますね。
当時は怒鳴られてばかりで嫌な思い出しかなかったが、蜷川さんのところを一度離れ、また一緒にやるようになってからは、蜷川さんが怒っていたり言っていたりしたことが、いろいろな本を読んだりしたお陰で理解できるようになった。
「僕をシェイクスピアで呼ばないで、新作だけやらしてとわがままなお願いをして、20 年くらいずっと一緒に新作をやった」という。
最後は「師匠と弟子」というより「同士」のような関係になったと語る。
出典元:mantanweb
こうして見ると、勝村さんの若い頃は試行錯誤の連続。でも、その迷いながらの選択が、今の多彩で魅力的な俳優・勝村政信さんにつながっているんだと思う。
- 1987年(24歳) 鴻上尚史さんが主宰する劇団「第三舞台」に参加。 代表作:『朝日のような夕日をつれて’87』 → この作品は、第三舞台の代表作のひとつで、勝村さんの存在感が注目された舞台でもあるんだ。
- 1988年〜1992年 第三舞台の中心メンバーとして、数々の舞台に出演。 コメディからシリアスな役まで幅広くこなして、演技力を磨いていったよ。 この頃の経験が、後のテレビや映画での活躍の土台になったんだ。
- 1992年(29歳) 第三舞台を退団。舞台からテレビや映画へと活動の幅を広げていく転機の年だったね。
勝村政信さんを育てた「第三舞台」時代──濃密すぎる20年の演劇人生
ニナガワスタジオでの厳しい修行を経て、勝村政信さんが次に飛び込んだのが、鴻上尚史さんが主宰する劇団「第三舞台」。
ここでの経験は、勝村さんの俳優人生にとって欠かせない大きな柱になりました。
濃密すぎる劇団生活と深い絆
第三舞台は、わずか8〜10人ほどの少数精鋭で約20年もの間活動した劇団。
勝村さんはその日々を振り返り、
「幸福でもあり、試練でもあった」
と語るほど、濃密で濃厚な時間を過ごしたそうです。
毎日顔を合わせ、同じ舞台をつくり、同じ夢を追いかける。
その距離の近さが、強い絆と同時に厳しさも生んでいたのでしょう。
個性派メンバーと築いた“黄金期”
劇団の初期メンバーには、大高洋夫さん、小須田康人さん、筧利夫さん、池田成志さんなど、後に舞台界を支える存在となる俳優がずらり。
彼らと共に第三舞台の黄金期を築き上げたことは、勝村さんにとって大きな財産になりました。
代表作『朝日のような夕日をつれて』との出会い
勝村さんが出演した作品の中でも、特に思い入れが深いのが、鴻上尚史さんの代表作『朝日のような夕日をつれて』。

1981年5月15日、劇団「第三舞台」の旗揚げ公演として『朝日のような夕日をつれて』は早稲田大学大隈講堂裏特設テントにて幕を上げた。
入場料は早大演劇研究会の規定により無料。芝居が始まると、暗闇の中、パイプで組まれた舞台がおりてきて5人の俳優が現れた。
物語はサミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』(1953)を下敷きにいくつかの物語が交差していく。
ー伝説に伝わる幻の丸い四角を、求めてさまよう人々が置き去りにした、ゴドーの愛をいっぱいに受けたみよこの物語ー
81年の初演以降、変化を続けながら上演される作品であり、本作「朝日のような夕日をつれて‘91」では、約2000枚のチケット即完対策として演劇界初となるクローズド・サーキット放送(通信衛星(CS)を使い、千穐楽の映像をスタジオ・アルタ内に設置した大画面で同時中継放送した)を行った。チケット発売時には新宿・紀伊國屋書店前に徹夜組を含む約400人の長蛇の列ができた。劇団の代表作と言える作品。
出典元:観劇三昧
1987年版に出演したこの作品は、彼にとって“特別な一本”として今も心に残っているそうです。
この頃の勝村さんは、まだテレビでの知名度は高くなかったけど、舞台界では「実力派の若手」として注目されていたんだよ。
演出家の蜷川幸雄さんのもとで学んだ経験も、彼の演技に大きな影響を与えているそうだ。
さぁその後、30代の勝村政信さん(1993年〜2002年頃)は、舞台で培った演技力を活かしてテレビや映画に本格進出した時期。
知名度もぐんと上がって、バラエティでも人気者になっていったよ。
30代(1993年〜2002年頃)の主な活動とエピソード
30代の初めに、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』に出演するようになります。
- 1993年(30歳) 『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』にレギュラー出演 → コントや体当たり企画でお茶の間に親しまれる存在に!舞台出身の俳優がバラエティで活躍するのは珍しくて、注目されたんだ。
勝村政信というと元気が出るテレビ#おとなりさんラジオ pic.twitter.com/BpHonZtBRR
— mo10fu3@白熊 (@mo10fu_3) June 21, 2022
『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』に勝村政信さんが出ていたなんて、ビックリです!
1985~96年まで放送されたバラエティー番組「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」(日本テレビ系)に、レギュラー出演していた勝村は「多分いまだにたけし軍団だと思われている」とニヤリ。
出典元:東スポweb
なるほどたけし軍団と思われてる⁈でも、勝村政信さんのキャラ、たけし軍団に居そうだものね(笑)
その後は、朝ドラに出演!
- 1994年 NHK朝ドラ『春よ、来い』に出演(長坂伸三役) → 朝ドラ出演で、幅広い世代に顔が知られるように。真面目で誠実な役柄が印象的だったよ。
ヒロインの子供時代、父親役での登場だったんだ。
- 1997年 大河ドラマ『毛利元就』に出演(渡辺通役) → 時代劇にも挑戦し、着実に俳優としての幅を広げていったね。
- 1999年 映画『金融腐蝕列島〔呪縛〕』に出演 → 社会派の作品にも登場し、シリアスな演技も評価されたよ。
- 2001年 映画『マネーざんすっ!』の一編で初監督に挑戦 → 俳優だけでなく、演出にも興味を持ち始めた時期。表現者としての幅が広がっていく兆しだったね。
この時期の勝村さんは、舞台で鍛えた表現力を武器に、テレビ・映画・バラエティと多方面で活躍。特に「真面目だけどちょっと抜けてる」ような役柄がハマって、視聴者に親しまれていったんだ。
40代(2003年〜2012年頃)の主な活動とエピソード
| 年 | 活動内容・代表作・エピソード |
|---|---|
| 2003年 | 映画『踊る大捜査線 THE MOVIE 2』に出演(緒方薫役) → シリーズを通して出演し、人気キャラとして定着。 |
| 2005年 | 大河ドラマ『義経』で平重盛役 → 武士としての気品と葛藤を繊細に演じ、時代劇俳優としての評価も高まったよ。 |
| 2006年 | ドラマ『医龍-Team Medical Dragon-』に加藤久志役で出演 → 医療ドラマの中で、冷静沈着な麻酔科医を好演。シリーズ化される人気作に。 |
| 2008年 | 『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』に橘啓輔役で出演開始 → 医療現場のリアルを描いた作品で、頼れる医師役が印象的。以降シリーズを通して出演。 |
| 2009年 | 舞台『ヘンリー六世』に出演(蜷川幸雄演出) → 若い頃に師事した蜷川さんとの再共演。シェイクスピア劇での存在感が光ったよ。 |
| 2011年 | サッカー番組『FOOT×BRAIN』(テレビ東京)で司会を担当開始 → 大のサッカー好きとして知られ、知識と情熱を活かして番組を盛り上げてるんだ。 |
この時期は、「名脇役」としての地位を確立した時代とも言えるね。医療ドラマや大河、映画に舞台、そしてサッカー番組の司会まで、まさに八面六臂の活躍!
つづいて、勝村政信さんの50代(2013年〜2022年頃)の活躍を見てみよう!この時期は、安定感のある名バイプレイヤーとして、さらに存在感を増していった時代だよ。
50代(2013年〜2022年頃)の主な活動とエピソード
| 年 | 活動内容・代表作・エピソード |
|---|---|
| 2013年 | ドラマ『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』に加地秀樹役で出演開始 → 「腹腔鏡の魔術師」と呼ばれる外科医役で人気に。シリーズを通しておなじみの顔に! |
| 2016年 | 『ドクターY〜外科医・加地秀樹〜』で主演 → スピンオフ作品で主役に抜擢!コミカルで人間味ある演技が光ったね。 |
| 2017年 | ドラマ『コード・ブルー 3rd Season』に再登場 → 長年演じてきた橘啓輔役として、シリーズの重みを支える存在に。 |
| 2018年 | 『リーガルV〜元弁護士・小鳥遊翔子〜』に出演(天馬壮一郎役) → 法廷ドラマでも存在感を発揮。悪役的な立ち位置もこなす幅広さ! |
| 2020年 | 映画『Fukushima 50』に出演(伊崎利夫役) → 実話をもとにした重厚な作品で、真摯な演技が評価されたよ。 |
| 2021年 | 舞台『パ・ラパパンパン』などにも出演 → 舞台活動も継続し、演劇への情熱は衰え知らず。 |
| 2022年 | 映画『沈黙のパレード』(東野圭吾原作)に出演 → ミステリー作品でも安定の演技力を発揮。 |
この時期の勝村さんは、「この人が出てると安心する」という声が多くて、まさに信頼される俳優さん。コミカルな役からシリアスな役まで、どんな作品にも自然に溶け込むのがすごいんだよね。
勝村政信さん、60代に入ってもますます精力的に活動してるよ!
特に最近は舞台での存在感が際立ってるんだ。
60代(2023年〜現在)の主な活動とエピソード
- 2024年6月 舞台『ウーマン・イン・ブラック〜黒い服の女〜』に出演(PARCO劇場ほか) → 向井理さんとの二人芝居で、英国発のゴシック・ホラーを演じる注目作!
- この作品は世界中で上演されてきた名作で、観客の想像力を刺激する“劇場の魔法”が魅力なんだそうだよ。勝村さんは中年の弁護士キップス役を演じ、若き日の自分を演じる俳優(向井理)と共に、過去の恐怖体験を再現していくという構成。俳優としての表現力が試される舞台で、まさに円熟の演技が光る作品だね。
60代に入っても、舞台の第一線で活躍し続ける姿は本当にかっこいいよね。若い頃から積み重ねてきた経験が、今の深みある演技にしっかりつながってる感じがするなあ。
勝村政信さんの最近のテレビ出演や映画出演、とっても充実してるよ。還暦を迎えてもなお、第一線で活躍中なんだ。
映画出演(2023年〜2025年)
| 公開年 | 作品名 | 役名・ジャンルなど |
|---|---|---|
| 2023年 | 『首』(北野武監督) | 斎藤利三役/歴史アクション |
| 2023年 | 『大名倒産』 | 板倉周防守役/時代劇コメディ |
| 2023年 | 『水は海に向かって流れる』 | 榊謹悟役/ヒューマンドラマ |
| 2024年 | 『劇場版ドクターX』 | 加地秀樹役/医療ドラマ映画化 |
| 2025年予定 | 『蝶の眠り』 | 石井役(再上映・配信中) |
| 2025年予定 | 『劇場版 緊急取調室 THE FINAL』 | 角田役 |
テレビ出演(2024年〜2025年)
- 『ドクターY〜外科医・加地秀樹〜』(2024年11月30日放送) → 3年ぶりの新作!シンガポールでの騒動や借金トラブルなど、加地先生らしいドタバタ劇が展開。西畑大吾さんや及川光博さんも出演。
- 『FOOT×BRAIN+』(テレビ東京) → 長年続くサッカー番組の司会を継続中。2025年もレギュラー出演していて、サッカー愛は健在!
- NHKドラマ10『シバのおきて〜われら犬バカ編集部〜』(2025年放送) → 犬好き編集部を舞台にしたドラマに出演。柴犬との心温まるやりとりが話題に。
まとめ
勝村正信さんは現在もテレビ、映画、舞台に出演し大活躍しています。
そんな勝村さんの若い頃から現在までの活躍を時系列でご紹介してきました。
若い頃はモデルを目指したり、俳優を目指し、無名塾や文学座を受験、残念ながら落ちてしまうが、せっかく受かった俳優座に、先輩団員が怖そうとのことで入団しなかったり、と紆余曲折。
そんななか、蜷川幸雄さん主催の蜷川スタジオに入り、徹底的にしごかれながら俳優修業!
基礎を固めてからは、舞台を中心に活躍しながら、テレビ、映画にと進出し現在の名バイブレーヤーとしての地位を確立してきました。
勝村正信さん、60代に入ってますます活躍の幅を広げています!
今後も楽しみに応援していきましょう。









