加山雄三さんの人生って、年表で追うだけじゃもったいない。
17歳で雪山へ飛び込み、18歳で海へ出て、ウクレレに出会ったと思ったら、映画も歌も“若大将エンジン”で一気に加速。転覆するほどの台風の海も、崖から落ちるほどのスキーも、なぜか全部が「次のステージ」へつながっていくんです。
そして何より驚くのは、80代になっても最前線に立ち続けること。普通なら“伝説”で終わるはずなのに、加山雄三さんは今も“更新”している。
この記事では、のびお&チョッピーの会話で温度を足しながら、「若い頃から現在まで」を航海のようにたどっていきます。
読み終えた頃には、きっとあなたも言いたくなるはず――「若大将って、肩書きじゃなくて生き方だ」って。
目次
- 1 10代:スキー少年、そしてウクレレとの運命の出会い(1954〜)
- 2 18歳:慶應、ボート、台風、そして15km(1955年)
- 3 20代前半:スキーで勝ち、バンドで鳴らし、東宝へ(1957〜1960)
- 4 20代後半:映画と歌が“若大将エンジン”で加速(1961〜1966)
- 5 30代:仕事も人生も“航海しながら積み上げる”(1967〜1976)
- 6 40代:国民的スターの“継続力”が形になる(1977〜1986)
- 7 50代:テレビ・音楽・大河…「顔」がさらに増える(1987〜1996)
- 8 60代:コンサート、アート、ミュージアム…“表現の大航海”(1997〜2006)
- 9 70代:フェス参加、叙勲…「若大将は更新される」(2007〜2016)
- 10 80代:レジェンドなのに最前線(2017〜)
- 11 エピローグ:森繁久彌さんとの“海の男”エピソードも、若大将らしい
10代:スキー少年、そしてウクレレとの運命の出会い(1954〜)
1954年(17歳)
・関温泉・神無山大会でスキー競技大会に初出場
・友人との志賀高原スキー旅行で、誰かのウクレレに心を撃ち抜かれる
・1時間ほど教わって“基礎をマスター”…吸収が早すぎる


18歳:慶應、ボート、台風、そして15km(1955年)
1955年(18歳)
・慶應大学 法学部政治学科へ入学
・初のモーターボート「ブレーブマン」完成(5か月がかり!)
・台風の海で鎌倉へ→帰りに転覆→船がかぶさり溺れかける→救助される
・茅ヶ崎遊泳大会で15km完泳


20代前半:スキーで勝ち、バンドで鳴らし、東宝へ(1957〜1960)
1957年(20歳)
・国体を目指して県予選に挑む(結果は7位)
・学生バンド「カントリー・クロップス」結成(サイドギター&ボーカル)
1958年(21歳)
・全塾スキー大会 上位の部 2位
1959年(22歳)
・蔵王の国体本大会に出場
・大会後に崖から転落→切り株に腰を打ち半月静養(強すぎる…)
・全塾スキー大会 上位の部 優勝

1960年(23歳)
・志賀高原の国体本大会に出場/全塾スキー大会 優勝
・慶應卒業
・東宝と専属契約

20代後半:映画と歌が“若大将エンジン”で加速(1961〜1966)
ここからが凄い。
映画が次々公開→若大将シリーズが国民的に→レコードも大ヒット。
特に1965年は「君といつまでも/夜空の星」が爆発的大ヒットで、時代の顔になっていく。


そして海も進む。
・小型船舶操縦士免許の取得
・「光進丸」進水(海へのロマンが現実になる)
1966年(29歳)は、映画もレコードも洪水みたいに続く。

30代:仕事も人生も“航海しながら積み上げる”(1967〜1976)
30代は、映画・音楽に加えて、
会社や船(光進丸)、そして家族の出来事も重なる“分厚い10年”。
1970年(33歳)
・松本めぐみさんとカリフォルニアの教会で結婚式
(華やかさの裏で、事業面では会社更生法適用など波も来る)
1972年(35歳)
・長男誕生(家庭の船出)
1975年(38歳)
・次男誕生
1976年(39歳)
・長女誕生
・名曲・代表曲がまとめて並ぶ“若大将の名刺”みたいな年に


40代:国民的スターの“継続力”が形になる(1977〜1986)
40代は、映画「八甲田山」など大作参加もあり、音楽・出版・テレビでも存在感が増す。
1981年には著書がベストセラー級(85万部)になるなど、表現が“歌・芝居・文章”へ広がっていく。
そして
1986年:都民文化栄誉賞、紅白出演(通算10回目)など、
“国民的”が称号じゃなく実績で刻まれていく。
50代:テレビ・音楽・大河…「顔」がさらに増える(1987〜1996)
1989年:「知ってるつもり!?」レギュラー、そして大河「翔ぶが如く」へ。
1992年:「サライ」が24時間テレビのテーマソングに。
この辺りから“世代をつなぐ存在”になっていくのが強い。
60代:コンサート、アート、ミュージアム…“表現の大航海”(1997〜2006)
還暦を迎えてもペースが落ちない。
・記念コンサート、トリビュートアルバム
・堂ヶ島に「加山雄三ミュージアム」オープン
・絵画展の開催と画集の刊行が本格化
・海外公演(カーネギーホール)など挑戦も続く

70代:フェス参加、叙勲…「若大将は更新される」(2007〜2016)
70代に入っても、コンサート、フェス、テレビ出演が続き、
2014年には叙勲(旭日小綬章)も受章。
そしてフェスや共演の幅がとんでもなく広い。


80代:レジェンドなのに最前線(2017〜)
80歳を越えても、ライブ、フェス、記念作品、ディナーショーが続く。
「80歳=引退」じゃなくて、80歳=さらに活動が濃くなる”のが加山雄三さんの怖さ。


エピローグ:森繁久彌さんとの“海の男”エピソードも、若大将らしい
森繁久彌さんとのヨットの話って、派手な武勇伝じゃなくて、
「海の上で人生を語る」っていう昭和のロマンが詰まってるんだよね。
加山さんの「光進丸」と森繁さんの「ふじやま丸」。
“海を愛する男たち”の世界観が交差する瞬間って、スターズ・クロニクル向きすぎる。




